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まことのブログ

日本は先祖代々の日本人のもの

リベラルは自国のへの愛情、愛着を持っていなくてはならない H28.8.9

日本だけに限らない、国家は保守派国民が主体となるべきであり、国家でなくてもあらゆる人間社会はそうあるべくである。大体、人類は長年そうであったと思われる。もちろん、それは国民全体の絶対幸福は意味しない。我こそは絶対幸福を約束する等という社会改革派は嘘つきだ。カルトは兎も角、そうでない社会改革派はそれが分っているから誤魔化しの理論で国民を欺く。

前回、リベラルは現実主義者であるべきと書いたが、同時に自国のへの愛情、愛着を持っていなくてはならない。そうでなくては左翼・極左、カルト、そして右翼・極右と同じである。右翼・極右を含める事に違和感や不快感を抱く人もいるだろうが、確かにその中にはそうでない人達もいるとは思うのだが、彼らに共通する特徴は自国の文化や社会を憎悪している事である。右翼や極右はそういう思いがあるから、我こそは右翼だ、極右だというポーズを取ってしまうのだと私は考えている。

 

「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか (ちくま新書)
 

 

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上の記事で右翼・極右勢力と表現するのは間違いであり、保守とすべきであろう。勿論、かつてのナチスの様にこういう風潮を巧みに利用する勢力はある。従来の保守派勢力が衰退し、リベラルが駄目だと彼らみたいのが台頭する。または逆に有能な極左勢力が台頭する場合もあるだろう、かつてのロシアの様に。

 

 ここまで書いた事を枕にあれこれ書こうと思っていたが、それはまた別の機会に。

 

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