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まことのブログ

日本は先祖代々の日本人のもの

「憎悪」の先にあるのは悲惨な殺戮 H28.8.25

政治・經濟 政治・經濟-左翼・極左 政治・經濟-日本の問題點

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 憎悪の念が強いと現状を正しく認識すべき目が曇る

坂真が御自身のブログで、リオ五輪閉会式での安倍晋三首相のパフォーマンスに言及した韓国の「朝鮮日報」日本語版を紹介し、以下の様なコメントを書いている。

banmakoto.air-nifty.com

韓国が脱帽し、韓国のネットユーザーたちも称賛し、外信各社は好感を持って伝えているのに、日本国内に安倍首相を揶揄したり批判したりする輩がいるところが日本らしいね(爆)

 

韓国人に関しては、大嫌いと言いながら日本に対して憧れも持つ人達だから驚くには値しないが、韓国人の性質を説明する言葉に「ケンチョナヨ」精神というものがあるらしいが、日本嫌いも「ケンチョナヨ」で適当なのだろう。

 

dic.nicovideo.jp

問題は我が国の連中である。

我が国には、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎し」という諺があるが、嫌いな人間の事はとことん嫌いであり、安倍首相を嫌う人達は保革、右派左派を問わず首相のやる事為す事全て嫌いであろうし、褒める事は何一つ無いに違いない。

私も左翼、極左、カルト、反日は嫌いだから、彼らを褒める事はほぼ無い。問題は嫌いが度を越して物事の本質を見極める目を曇らせてしまう事である。

現状を正しく認識できないと正しい判断、行動が出来ない。憎悪の念が強すぎるとそうなるだろうし、「盲目の愛」もまた然りだ。

 

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 (↑「進撃の巨人」のジャン・キルシュタイン)

dic.pixiv.net

「憎悪」を利用し己の勢力に不都合な言論を封じ込める

ヘイトスピーチ」を糾弾する思潮はどのような経緯で登場してきたのかは詳しくは知らないが、おそらく「差別」を糾弾する流れの中で発案され、普及したものと思われる。

 

ヘイトスピーチ」は「憎悪表現」と訳されるが、なる程、憎悪は別の憎悪を生み憎悪を増幅させる。だからできるだけその様な表現は避けようとするのは賢明な判断だとも言えるが、残念ながら「ヘイトスピーチ」を糾弾するものの目には異様な狂気が宿る。

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(↑「憎悪」に支配される香山リカ氏)

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また彼ら彼女らを利用し、己が勢力に対して不都合な言論を封じ込める為に利用されている。

「憎悪」の念が強くなると対象を八つ裂きにしたいと思うようになる

我々は注意深く「憎悪」の念と付き合わなければならない。「憎悪」の先にあるのは悲惨な殺戮なのだから。「憎悪」に操られてはならぬ。共産主義の本質はまさにこれだ。

 

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(↑平成二十八年八月二十五日保存)

 

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