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まことのブログ

日本は先祖代々の日本人のもの

英語を日本に根付かせなければならない理由とは? H28.9.5

政治・經濟 英語

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「リベラル」風味の頼りない論説

gendai.ismedia.jp

堀井憲一郎 と云う方の英語が日本に何故根付かないのかを論じた文章を見つけたので取り上げてみたい。私がブログで論じたい物が凝縮されている文章で、論点が多過ぎて面白いのだが、それを一度に書いてしまうには私の手に余る。この種の主張は今の時代を象徴するものであり、目にする機会は多いので、無理はせず、その都度論じていきたい。

堀井氏のこの文章は云うならば日本論でもあるわけだが、当然ながら私は不満である。持ち出してる構図とか個別の指摘は必ずしもおかしくはないのだが、中途半端な指摘に留まっていて、小見出しに「本当は誰も本気じゃない?」とあるが、堀井氏も本気ではないのだろう。

私は英語の義務教育には懐疑的であるのだが、これは本気だ。それと断って措くが、私は日本人は英語に接すべきではないと云う事が云いたいわけではない。わざわざ断る程の事もないだろうと思う人もいるかも知れないが、英語の排斥が目的なのだと早合点する人が必ずいるのだ。その意味を理解していなかった以前の私なら書かなかっだろうが、勘違い、誤解、思い込み、錯覚等が実は重要な意味を持っている事を私は拙ブログで繰り返し論じる事になるだろう。

 我が国には英語が必要ではないから根付かない

英語が日本に根付かないのは必要ではないからだ。それに尽きる。

日本では英語を話せなくてもトップに立てる。大金持ちになれる。有名にもなれる。

それで充分である。

堀井氏の指摘は外れてはいないものの、的を射ていると云うには不十分だ。

我が国では日本語で一般の教育だけではなく高等教育も受けられるのだ。後進国発展途上国の多くは高等教育どころか、一般の教育ですら母国語でできないところが多い。

それは母国語を教育で使用するには言語の発展が乏しいからである。その様な国では、英語を採用する以外の選択肢がそもそも無い。支那や朝鮮は漢字を使用している(いた)御蔭で日本人が考案した欧米語の翻訳漢語を利用する事によって、かろうじて近代を、即ち欧米が産み出した近代の種々の概念を理解する事ができ、後進国発展途上国の様に英語を公用語として採用せずとも何とかなったのである。但し、十分ではない事は、支那韓国北朝鮮の実態を知れば分るが、それは今回の主題ではないので論じない。

英語を根付かせなければならない理由とは?

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(↑上位国が今後の我が国のモデル国?我が国は北朝鮮にも劣る?)

そもそも英語採用派は何故英語をそれ程までに奉り上げたいのか?堀井氏も巧く説明できていない。時代の流れとか云っても実感を伴わない。英語を公用語に採用すればどうなると云うのか?巧く説明できないが、兎に角必要なのだと云うなら「土俗派」を馬鹿にする事はできない。

日本が今後停滞、衰退していくなら隆盛する国の言語を採用しなければならなくなる。選択肢がそもそもそれしか無いからだ。但し、それは日本国の再隆盛は意味しない。それはかつての文明国のなれの果ての姿だ。今の日本はそんな状態ではない。でもないのに率先してさう為らしめようとしている様に見えて滑稽だ。まあ、移民が大量に流入するとそうなるだろうけれども。

 

※参照(下記の文章も絡めながら論じようと思ったのだが、今回はこれまでにしたい。今後もこの問題は取り上げるつもりなのでそれに譲る)

 

toyokeizai.net

www.rarejob.com

brighture.jp

kurokiyorikage.doorblog.jp

 

 

アンケート集

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 堀井氏の「土俗派」観も池田信夫氏の無能な「ネトウヨ」観と絡めて論じるつもりだったが(英語採用論は実は枕に過ぎない)、これは拙ブログで今後も取り上げる話題であるのでこれもその時に譲る。

 

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